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龍馬伝 第44回

龍馬伝 第44回

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○あらすじ

長崎の海援隊本部に戻った坂本龍馬(竜馬)。土佐では後藤象二郎が山内容堂に大政奉還の建白書を書くことを進言する。

しかし、容堂は薩摩藩は大政奉還を目指す気はなく、戦をしたくてたまらないのだと言う。

土佐商会では、龍馬が岩崎弥太郎に、銃を千丁仕入れるように頼む。戦をしないのではなかったのかと問う弥太郎に、龍馬は幕府が大政奉還を拒めば仕方がないと答える。

そんなとき、事件が起きた。英国船の水夫が、長崎で何者かに殺されたというのだ。犯人は白い着物を着ていたので、疑われたのは海援隊だった。

イギリス公使のパークスは、下手人を渡さないと土佐藩を艦隊で攻撃すると圧力を掛ける。長崎奉行所はこの機に龍馬を召し捕ろうと考えていた。

沢村惣之丞は自分が奉行所と話をつけてくると言って出かける。海援隊の無実を証明するために、他の隊士たちは犯人を自分たちで探し始めた。

一方、龍馬の味方をしていると思われたお元は、奉行所の手入れを受ける。それにより、お元がキリシタンであることがわかってしまい、地下教会も奉行所に踏み込まれた。

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○感想・レビュー

冒頭に山内容堂が登場しますが、どうも暴力を振るい過ぎるような気がしてしまいます。お酒が好きだったのは確かなのですが。

ああした容堂の振る舞いについては、史料などがあるのでしょうか。史料にないところを想像するのが作家や脚本家の仕事なのはわかりますが、暴れる彼を見るたびに、何か違和感を覚えます。

私はあまり映画やドラマに批判的な見方はしたくないですが、お元が隠れキリシタンだったというのも、どうなんでしょうかね。史実がどうだったのかは私は知りませんが。

もっとも、芸者というのはつらい過去を背負った人が多かったでしょうから、信仰に救いを求めたということはあったかもしれません。

今回の水夫殺しの事件は知らなかったので、勉強になりました。下手人の言葉から犯人がわかったにも関わらず、それに取り合わない奉行所。まさに幕政の弊害を象徴しています。

お前のせいで土佐商会もお元の人生もめちゃくちゃになってしまったと龍馬に詰め寄る弥太郎。彼も商いに己の道を見出しただけに、そう言いたい気持ちはよくわかります。

坂本龍馬という人物は、成し遂げた仕事があまりに大きすぎました。そのために被害を受けたという人もいたでしょう。

しかし、それは時代を変えるにはどうしても伴なう事だと思います。龍馬自身も、薩長同盟や大政奉還を成し遂げることで、既得権益にすがって生きてきた人などが影響をうけることはわかっていたはずです。

そのため、胸中は決して穏やかではなく、人知れぬ苦しさも背負っていたのではないかと想像します。

西郷隆盛も、南洲翁遺訓の中で、幕府との戦いにおいて、自分は官軍や幕府軍の多くの人を死なせてしまった。その罪を忘れることは許されないということを語っています。

やはり偉業を成し遂げるということは、同時に大きな悩みといいますか、業を負わなければならないんでしょうね。

というわけで、弥太郎の言葉に考えさせられた次第です。ラストシーンで、お元に幸せが訪れたのは素直に良かったと思いました。

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