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龍馬伝 第29回

龍馬伝 第29回

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○あらすじ

1882年、東京の千住。郵便汽船三菱の社長、岩崎弥太郎はお灸の治療を受けながら、新聞記者からインタビューを受けていた。

その灸師は千葉佐那であった。彼女は記者が坂本龍馬のことを尋ねていると知り、龍馬のことなら自分にも聞いてくれと言った。

千葉定吉道場は兄、重太郎の代で終わってしまった。時代が明治になり、剣術を習うものがいなくなってしまったのだ。

弥太郎は佐那が自分のことを慕っていると知りながら、去ってしまったのだから龍馬はひどい男だというのだった。

1865年(慶応元年)、龍馬たちは長崎にいた。薩摩藩に船乗りとして雇われたのだ。

異人だらけの街に驚く竜馬たち。大きな龍の出し物などにびっくりするなか、龍馬は商談をする外国人たちに注目する。

龍馬たちが訪れたのは、長崎一の商人である小曽根乾堂(こぞねけんどう。キャストは本田博太郎)の邸宅であった。ここには西郷吉之助も来ていた。

西郷は小曽根に、坂本たちは蒸気船を操れる上に、英語も話せるなど、ただの船乗りとして使うのはもったいないと話す。そこに登場した龍馬たち。

龍馬は西郷に、自分たちはどこの藩にも頼りたくない、薩摩藩は幕府の下から飛び出さないか、と持ちかける。しかし、西郷は薩摩の侍大将である自分にそのような指図をするのはおこがましいと一蹴するのだった。

坂本龍馬や沢村惣之丞たちは、イギリス人の貿易商として財をなしたトーマス・グラバーを訪ねる。龍馬はグラバーに、船を一隻貸してほしいと頼むが…。

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○感想・レビュー

第三部がスタートしました。一番うれしかったのは、私の大好きな俳優、本田博太郎さんが登場したことです。本田さんは陰のある役をやらせたら天下一品ですが、珍しく悪役ではありません(笑)。

いつもより高めの声で、自然な演技をされていました。

さて、冒頭は成功者となった弥太郎が回想する場面でしたが、あのお灸は隔物灸とか間接灸といわれるものです。おそらく大根をもぐさの下に敷いているのだとおもいます。

弥太郎は胃が悪い、と言っていましたが、実際彼は胃がんで亡くなってしまいます。千葉佐那たちが灸治療院を営んでいた、というのは史実ですが、佐那は結婚したとの説もあります。

それにしても、お灸が熱い熱いと弥太郎が顔をしかめていましたが、普通は熱ければすぐに場所を変えたり、もぐさを取ってくれます。

それをせずに熱くても我慢させるのは佐那さんだからでしょうか。お灸好きの私にはうれしい場面でしたが、お灸ってあんなに熱いのか、と思われるとちょっと心外です(笑)。

長崎での龍馬は人が変わったと話す弥太郎の顔、怖いです。

どうしても船が欲しい龍馬たちですが、西郷には断られ、グラバーに頼みに行きます。握手の長い近藤長次郎たちへの対応に疲れるグラバーが面白かったです。

そして、実は日本語がしゃべれるところも意外でした。

しかし、値段をふっかけられて断られた龍馬たちは、丸山という花街の大店、引田屋に行きます。何も頼まない嫌なお客ですが、実際お金がなかったのかもしれません。

津和野藩士を名乗る男たちが部屋にいるのを知った龍馬たちは、いきなりそこに入ります。実はざんぎり頭で三味線を抱えていたのは高杉晋作で、井上聞多たちもいました。

つまり、彼ら長州藩士は長崎へ入ることが禁じられていましたが、武器が欲しい彼らは津和野藩士と偽ってここに来ていたのです。

それを見破っていた龍馬は、自分たちは脱藩浪士だから藩のしがらみはない。船を貸してくれれば武器を調達すると持ちかけます。

桂小五郎から坂本龍馬は信頼できる男だと聞いていた高杉は、龍馬たちに長州は力ずくの攘夷は無理だと悟り、独立を目指していると語ります。

薩摩藩に雇われたのに、長州藩から船を借りようとするのはさすがにまずいんじゃないかと思いますが、史実はどうだったんでしょうか。

それにしても、フランスを後ろ盾に権力を回復した江戸幕府ですが、一方でイギリスは一日で日本を征服する計画を立てていたというのが恐ろしいです。

海軍操練所はつぶし、異国の脅威を正視しない幕府に多くの人物が失望したのも無理はないと思いました。

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